第36回(2023年)東京国際映画祭で審査委員特別賞と最優秀女優賞の2冠を獲得した『TATAMI』の日本公開を記念した一般試写会が2月21日、東京・神楽座にて行われ、トークイベントに柔道専門メディア「eJudo」編集長の古田英毅さんと、映画評論家の森直人さんが登壇した。

『SKIN 短編』(18)で第91回アカデミー賞短編実写映画賞を受賞し、A24配給の長編版も発表したイスラエル出身のガイ・ナッティヴと、『聖地には蜘蛛が巣を張る』(22/アリ・アッバシ監督)で第75回カンヌ国際映画祭女優賞を受賞したザーラ・アミールが監督を務める本作は、映画史上で初めて、イスラエルとイランをルーツに持つ2人が共同で演出。
ジョージアの首都トビリシで開催中の女子世界柔道選手権。イラン代表のレイラ・ホセイニと監督のマルヤム・ガンバリは、順調に勝ち進んでいくが、金メダルを目前に、政府から敵対国であるイスラエルとの対戦を避けるため、棄権を命じられる。自分自身と人質に取られた家族にも危険が及ぶ中、怪我を装って政府に服従するか、自由と尊厳のために戦い続けるか、ふたりは人生最大の決断を迫られる。2019年、日本武道館での世界柔道選手権で実際に起こった「サイード・モラエイ事件」事件をベースに映画化された。
その「サイード・モラエイ事件」を日本語実況、解説者として目の当たりにしていた古田氏は、本作について「柔道が絡むフィクション見ることはよくありますが、皆さんも覚えがあると思うのですが、自分の専門に近いものほどなかなか面白く見られないことってありますよね。ですが、そういうことが全くない、競技へのリスペクトを感じる、柔道を扱っていただいたことに誇りを感じるような作品であり、そういうバックグラウンドを超えて楽しめる、良質なエンタテイメント作品でもありました」と称賛。

また、事件当時の状況について「いわゆる“イスラエル・ボイコット”については知っていたが、実際に目の当たりにしても現実味がありませんでした。日本のメディアも気が付いていなかったと思います。イランのモラエイは前年の世界王者、イスラエルのサギ・ムキはワールドランキング1位の選手。最初は躊躇があるかと思ったモラエイは、途中から吹っ切れたように一本勝ちで勝ち上がった。これはいよいよモラエイ対ムキが決勝で見られると思っていたら、準決勝でモラエイの様子がおかしくなりました。平たくいうとオーラがない。意志が強く、『モラエイはこういう意図で攻めています』と解説しやすい選手なんですが、それが一切できない。心ここに有らずの状態でした。『明らかにメンタルの問題ですね。コーチは声をかけたほうが良いのでは』と解説して初めて、コーチ席に誰もいないことに気が付きました。そこで初めて“イスラエル・ボイコット”と目の前で起きていることに繋がりました。彼は今、国に逆らったんだと。知識はあってもその現実が地続きの出来事とは思えていなかったが、全員が凍り付きました」と、目撃した者だけが伝えられる衝撃的な言葉に会場からは驚きの声が漏れた。
続けて、「この作品は、あの生々しさ、“地続きであるということ”を皆さんに感じてもらうための導入がしっかりとした作品で、楽しんでいただければと思います」と映画の面白さに太鼓判を押した。

古田氏にとって、本作で最も印象深いキャラクターは共同監督とキャストを兼任したザーラ・アミール演じる柔道女子イランチームの監督マルヤム・ガンバリだという。「人間的な弱さ、人間らしさが見えるお気に入りの人物なのですが、思い入れる一つの理由として、彼女が明らかにアレシュ・ミレスマイリにインスパイアされたキャラクターだからです。彼はアテネオリンピックを世界チャンピオンの立場で迎えましたが、組み合わせが発表され、初戦の相手がイスラエルの選手だったために棄権しました。本人は否定していますが、体重をわざと超過させ、軽量失格となったのです。オリンピックには出場しませんでしたが、彼は国では英雄です。そして今イラン柔道連盟の会長をしています。マルヤム・ガンバリはもう一人のミレスマイリだと感じました」と実在の選手になぞらえて語る。
また、「ガンバリがどういう決断をするかは映画を観ていただきたいのですが、『これはミレスマイリのもう一つの可能性だ。僕たちが知っているミレスマイリにどんな選択肢があったのか。別の人生を見せられているな』と非常に思い入れを感じました」と柔道識者目線で映画の重要ポイントを指摘した。

アリエンヌ・マンディ演じる主人公のレイラ・ホセイニについては、「柔道未経験者がやった柔道アクションのなかでは間違いなく最高峰」と絶賛。「最初に自分の専門に近いほど没入するのが難しいという話をしたが、そういう部分がなかった」とし、「競技シーンはカメラが近く、一人称視点に近い。競技のメジャーな中継映像に引っ張られずに、『わたしはこれを撮りたい』というのが見える、没入感が得られる映像。その結果、違和感のある描写がなく、感情移入もしやすく、作劇と競技へのリスペクトが両立してる」と、緊迫のストーリーとリアルな試合シーンの双方が両立した卓越した演出を高く評価した。
そして、イスラエル出身のガイ・ナッティヴ監督と、イラン出身のザーラ・アミール監督が共同で監督を務めたことについて「モラエイと同じように二人が勇気をもって立ち上がったことに敬意を表したい。スポーツや文化は、いろんな抑圧があれど政治よりは自由な世界。この作品を見て感じることがすごくあったし、文化は抑圧への抵抗の手段として大きい勢力になりうるということを改めて思いました。映像という形で後世に残りますし、単にあったことを伝えるわけではなく、大きな政治にぶつかっていくために文化という対立軸があるんだなと思わされました」と語った。
最後は、「柔道の理念などを思うと、そういうことを表現しようと思ったときに、競技が選ばれたことは必然だと思っています。柔道の文化はとてもつながりが強く、国や政治体制を超えて「柔道ファミリー」という別の体系でまとまっている。そのジャンルを使って表現してくれたことに誇りに思います。スポーツと芸術は、政治に対する勢力として非常に似ているんだなと再認識しました」と語り、イベントを締めくくった。
『TATAMI』は2月28日公開。
ストーリー
ジョージアの首都トビリシで開催中の女子世界柔道選手権。イラン代表のレイラ・ホセイニと監督のマルヤム・ガンバリは、順調に勝ち進んでいくが、金メダルを目前に、政府から敵対国であるイスラエルとの対戦を避けるため、棄権を命じられる。自分自身と人質に取られた家族にも危険が及ぶ中、怪我を装って政府に服従するか、自由と尊厳のために戦い続けるか、レイラは人生最大の決断を迫られる……。
『TATAMI』
出演:アリエンヌ・マンディ、ザーラ・アミール、ジェイミー・レイ・ニューマン、ナディーン・マーシャル
監督:ガイ・ナッティヴ、ザーラ・アミール
脚本:ガイ・ナッティヴ、エルハム・エルファニ
原題:TATAMI
2023年/アメリカ、ジョージア/英語、ペルシア語/103分/モノクロ/1.78:1/5.1ch
字幕:間渕康子
配給:ミモザフィルムズ
(C) 2023 Judo Production LLC. All Rights Reserved
公式サイト:https://mimosafilms.com/tatami/
公式X:@tatamifilmjp
2月28日(金)より新宿ピカデリーほか全国順次公開
関連記事
■ イスラエルとイラン出身監督が協働『TATAMI』 作品に込めた思いを伝える監督ステートメントが到着
■ アスリートたちの不屈の戦いを描く社会派ドラマ『TATAMI』公開決定、ティザー予告編公開