映画『敵』吉田大八監督、早稲田大学の「マスターズ・オブ・シネマ 2025」に登壇

映画『敵』で監督を務めた吉田大八が、母校である早稲田大学で4月19日に行われた「マスターズ・オブ・シネマ 2025」の初回ゲストとして登壇した。

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吉田大八監督

「マスターズ・オブ・シネマ」は、多彩な映像制作者たちをゲストに招き、制作にまつわる様々な事柄を語る、早稲田大学の大人気映画講義。今回は、吉田の大学時代での思い出と共に、『美しい星』(17)や『羊の木』(18)から『敵』(25)までの制作過程などを語った。

まず、本講義の担当教員である谷昌親教授に映画との付き合い始めを聞かれると、吉田は「(鹿児島県から)上京して1年間予備校に通っていたんですけど、その時に急に映画を観るようになって。テレビっ子だったんですけど、下宿にテレビがなかったもので、たまたま近くにあった名画座に通うようになったら、映画を観る習慣がいきなりついたというか。そこで、映画を観始めたらすぐに自分でも“映画を作りたい!”と思うようになりました。それで、早稲田大学に入って自主映画を作って、そのまま劇場映画を作れたらいいなと思いました」と、当時を振り返る。

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(左から)谷昌親教授、吉田大八監督

その後、早稲田大学に合格。第一文学部で「映画史」などを学びながら、映画制作グループ「ひぐらし」に入り、8mmフィルムを用いて映画を撮っていた吉田は、卒業後「CM制作」への道を進み始めることになる。

CM制作のやりがいについて、吉田は「(CM制作を始めて)40年近くになるんですけど、楽しいですね」とコメント。「(CM制作は)ブランドの認知を高めるとかテーマがあるわけじゃないですか。最初は、そのテーマに則した15秒とか30秒の短編を作ればいいんでしょっていう、半分合ってるけど半分勘違いみたいな気持ちで作り始めたんですけど、その勘違い状態のまま作り続けてこられたから幸運だったと思います」と語る。

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また、そんなCM制作を経たことによって、吉田自身のスタンスにも変化が訪れたと言う。「学生の時はパッと思い付いた話をパッと撮るんですけど、CMになるとまず商品であったり、その商品に伴った企画がある。それをどう受け取って、どう料理するかみたいなことをやっていた時間が長かったので、今でも原作のものをやることが多いのかもしれないです。CM制作時の“与えられたお題に対して自分らしい回答をする”というスタンスは続いているような気がします。制限があった方が力が出るタイプになってしまったのかもしれないですね。まず縛ってみたいな(笑)」と笑みを溢した。

その一方で、「原作があって売れていたとしても、“映画化する意味”はものすごく考えます。関わる人数や費用が大きいので、誰が脚本を書くのか、プロデュースは誰が行うのかなどはすごく意識していますね」と語った。

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本講義では、生徒への事前課題として『美しい星』と『羊の木』の鑑賞が提示されていた。話題はそんな2作品を取り上げ、吉田がCM制作時代から培ってきた脚色術へと移っていく。

2017年公開の『美しい星』は、三島由紀夫が1962年に発表した同名小説が原作である。「三島由紀夫の愛読者からは、『美しい星』はB級とはっきり言われました(笑)」と吉田自身は語る。

原作を映画化したきっかけについて聞かれると「面白かったんですよね」と一言。「(原作を初めて読んだ当時)作家の手のひらの上で気持ちよく踊らされたな!という感覚があったんですよね。だから、自分も映画を作るんだったら、観客にそういう気持ちになってほしいと思ったのかもしれないですね」と語った。

また本作では、核戦争から気候変動の危機へと、主人公一家が対処する問題も時代に合わせて変更されている。吉田曰く、「原作はキューバ危機真っ只中で、時代のリアルな空気を反映した小説だったんですけど…当時の時代設定そのままにして映画化すると、今でも変わっていないから辛いなという感じがしました。現代に置き換えたら何になるんだろう…と考えた時、最初2015年の福島第一原子力発電所での事故のことが浮かんで書いてみたんですけど、あまりにも生々しすぎました。原作が読まれていた当時、アメリカとソ連が軍艦競争していて、当事者なのか傍観者なのかわからない微妙な日本の距離感と比べると(2015年の事故が)近すぎたんです。そこで考えたのが、気候変動でした。人類に対する脅威の一つとして案が挙がってきて、そこから脚色を始めました」と、気候変動というテーマに落ち着くまでの試行錯誤の経緯を語った。

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続いて話題は、2018年公開の『羊の木』へと移る。前作の『美しい星』とは異なり、『羊の木』は原作・山上たつひこ、作画・いがらしみきおによるマンガ作品である。吉田は、「マンガは絵がある分、より直接的にビジュアルとして表現されているので、その引力から一旦自由になった上で、映画として何がベストかを考えることが必要でした」と本作を脚色した当時の考え方を振り返る。

さらに、主人公・月末の年齢を40代の市長から若い普通の職員へと変更したことに対しては、「“元受刑者を移住させて定着させる”というプロジェクトを観客目線で体験させて、その状況に対応しながら主人公が変わっていく姿にフォーカスした方が、2時間という映画の中で物語を構成しやすいなという動機がありました」と映画化するにあたって明確な狙いがあった旨を語った。

さらに講義後半は、最新作『敵』について語られた。本作は吉田が原作を読み返したことがきっかけで動き出したと言う。「(原作は)2000年代頭には一度読んでいて、それからずっと読んでいなかったんですよ。でもコロナの頃読み返したら、違う読後感がありました。最初に読んだ時はまだ30代だったので、「敵」ってなんだろうと考えることさえせず、不条理劇として楽しんでいたんです。でも読み返したら、前半のご飯を食べたり、友達と会ったりしている淡々とした場面が読んでいて気持ち良かったんですよね。だからこそ、徐々に不確かになっていく後半が怖いし悲しくて。当時の自分の年齢だと十分に噛み砕けていなかったんだなということを思い知りました」と原作への思いを語った。

そんな本作で谷教授が注目したのは、やはり映画化するにあたっての脚色部分である。「朝食」「友人」「物置」など項目ごとに語られていく原作を、映画では「夏」「秋」「冬」「春」と季節の移り変わりを感じられる形へと変えている。

吉田は「主人公の生活に付き合って時間の経過をガイドする役割がいないと、原作と別の価値を見出すことができなかったんです。だから、小説の中では「麺類」と一括りになっている章でも、素麺は夏に食べるよな…とか、鶏だったら鍋で冬だよな…とか、季節に沿って構成したらうまくまとまったので良かったなと思いました」と脚色工程における工夫を語った。

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また、本作をモノクロで撮った経緯について聞かれると、「脚本を書いていた時、本作は日本家屋が舞台だったこともあって、今までの日本映画でどのように(日本家屋が)撮られてきたのか参考のために観ていたんですよ。そうするとモノクロが多いじゃないですか、そこからモノクロいいな…と思い始めまして(笑)」と最初は直感であった旨を明らかにした。

「モノクロにして良かったことは多かったですね。観ている人の感度が上がるなと。普段は色のあるものを色のない状態で観ているだけで、脳が勝手に色を補完しようとするじゃないですか。その時点で脳が活発に動いているので、より物語に没入できると思いました。だから、食べ物は普段より美味しそうに見えるし、女性はより綺麗に見えたり、主人公の感情を強く追体験できるようになったんじゃないかなと思います」と語り、今後もモノクロで撮ってみたいと意欲的であった。

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講義の最後、学生からの質疑応答の時間も設けられた。学生から、「(『美しい星』『羊の木』『敵』を観て)暗い部分や怖い部分が目立っていて、ダークな印象を持っていたんですけど、最後には明るく前向きな気持ちになりました。物語を暗いままでは終わらせない、最後には前向かせて日常に戻らせてくれるのは何故でしょうか」という質問に、吉田は「観終わった後に前向きになれるのであれば、それは私が人間を諦めていないからかもしれないですね。人間が生きることや死ぬことを肯定したいという、自分自身の祈りや姿勢みたいなものが残っているんだと思います。ラストを考える時に、映画の中の出来事だけで終わらせるんじゃなくて、この先も何かが続いていく感じを出したいと思っているんだと思います」と答えた。

さらに、「(『美しい星』『羊の木』を観て)音へのこだわりを感じたんですけど、何か工夫されていることはありますか」という質問では、吉田は「目が悪くて見ているものにあまり自信がないから、音に対する感覚はきっと良いはずだと思いたいんです(笑)実は音を付ける作業がすごく好きなんですよね。撮影はどちらかと言うと苦手だし大変なんですけど、音楽録音の後のダビング作業(音楽や効果音を全て合わせていく作業)が一番楽しいですね」と回答。

そして、「『敵』が面白かったんですけど、観終わった後に「何だこれ」って気持ちにもなりました。その理由を考えた時、淡々と日常を描く前半から、徐々に夢の割合が多くなって、最後にはどっちかわからなくなっていく部分なのかなと思いました。それは意図的だったのでしょうか」という質問で、吉田は「私自身、今何を見せられているんだろうって映画の中で迷子になるのが好きなんですよね。『敵』で言えば、ここから「夢」ってどこからでも線が引けるように作ったつもりなんです。だから夢と思えば夢だし、全部現実と思えば現実って言う。自分自身も日によって変わるし、色んな人の感想を聞いていても違うのが面白いんですよね」とコメントした。

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ストーリー
渡辺儀助、77歳。
大学教授の職を辞して10年―妻には先立たれ、祖父の代から続く日本家屋に暮らしている。料理は自分でつくり、晩酌を楽しみ、多くの友人たちとは疎遠になったが、気の置けない僅かな友人と酒を飲み交わし、時には教え子を招いてディナーを振る舞う。預貯金が後何年持つか、すなわち自身が後何年生きられるかを計算しながら、来るべき日に向かって日常は完璧に平和に過ぎていく。遺言書も書いてある。もうやり残したことはない。だがそんなある日、書斎のiMacの画面に「敵がやって来る」と不穏なメッセージが流れてくる。

『敵』
出演:長塚京三 瀧内公美 河合優実 黒沢あすか 中島歩 カトウシンスケ 髙畑遊 二瓶鮫一 髙橋洋 唯野未歩子 戸田昌宏 松永大輔 松尾諭 松尾貴史
脚本・監督:吉田大八
原作:筒井康隆『敵』(新潮文庫刊)
企画・製作:ギークピクチュアズ
制作プロダクション:ギークサイト
製作:「敵」製作委員会
配給:ハピネットファントム・スタジオ/ギークピクチュアズ
(c)1998 筒井康隆/新潮社 (c)2023 TEKINOMIKATA

公式サイト:https://happinet-phantom.com/teki
公式X:https://x.com/teki_movie

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