シリア政府軍を抜け、レバノンに亡命したジアード・クルスーム監督が製作した、ベイルートの超高層ビルの建設現場で働くシリア人移民労働者の受難を描いたドキュメンタリー映画『セメントの記憶』が3月23日(土)よりユーロスペース他全国ロードショーとなる。
終わらない戦争による破壊と再建、そして自分たちが住む世界と同じ地平の中に戦争で故郷を失い国外で傷つき労働している人々がいうるという現実を伝える本作は、世界60カ国100以上の映画祭に正式招待され34の賞を受賞。その多くの映画祭でサウンドデザインが高く評価されてきた。本作品のサウンドデザインはベルリンを拠点に、ヴェンダースやソクーロフ作品のサウンドデザインを担うポストプロダクション・スタジオのベーシス・ベルリンが制作。サウンドデザイナーのアンツガー・フレーリッヒは同スタジオの代表であり、本作品のプロデューサーでもある。
本作は3月にユーロスペースで開催されるドイツ映画祭HORIZONTE2019(ゲーテ・インスティトゥート主催)での上映が決定しており、現在アカデミー賞長編ドキュメンタリー部門ショートリスト入りしている『OF FATHERS AND SONS/『父から息子へ~戦火の国より~(映画祭での題名)』』のサウンドデザイナーとしても世界で高く評価されている。この度、本作の予告編と併せてアンツガー・フレーリッヒからのコメントが到着した。
アンツガー・フレーリッヒ氏 コメント
音響を通じて移民労働者の悲しみを伝える―――
本作品は労働者のインタビューや対話が一切なく、映画を伝える上でサウンドデザインが大きな役割を果たしました。ただし、私たちはゴッドフリー・レッジョの『コヤニスカッツィ/平衡を失った世界』(1982年製作)のように音楽が主体の映画を作りたかったわけではなく、視聴者が労働者の立場に立ち彼らが感じている孤独や不安を体験するためのサウンドスケープづくりを目指しました。
彼らの絶望、欲望、希望は全て彼らの中に閉じ込められているのです。浜辺の静かな波打ち際の音はどこか切なく彼らの心境を強調するものと感じましたし、映画の音響は破壊や絶望のマントラとなり、労働者が機械的に繰り返す日常業務を表現するようにサウンドデザインしています。映像、音、モノローグのドラマツギーと建設現場の中と外界の違いや意識の移行を生み出すためのサウンドのダイナミクス作りを意識しました。
世界の映画祭でサウンドデザインが高く評価された作品ですが、最も印象深い音は映画の中にはなく、ワールドプレミア上映したニヨンの劇場内にありました。空爆されたアレッポの街のシークエンスのな中に、ある男性がセメントの粉が舞う夜空に両腕を上げ嘆くシーンがあります。そのシーンには一切の音は入れませんでしたが、巨大なスクリーンに映し出された映像に会場内のため息やすすり泣く声がシンクロしたのです。映画が私たちが作ったサウンドデザインを凌駕した瞬間でした。この瞬間は今でも私たちとこの映画を結びつける大切な出来事でした。
作品タイトル:『セメントの記憶』
監督・脚本:ジアード・クルスーム
撮影監督:タラール・クーリ
音楽:アンツガー・フレーリッヒ
2018|ドイツ、レバノン、シリア、アラブ首長国連邦、カタール|ドキュメンタリー|アラビア語|88分英題 TASTE OF CEMENT
日本語字幕:吉川美奈子
配給:サニーフィルム
公式サイト:https://www.sunny-film.com/cementkioku
3月23日ユーロスペース公開