2013年『凶悪』を世に送り出して以降、『彼女がその名を知らない鳥たち』(17)、『孤狼の血』(18)など、毎年のように賞レースを席巻、6年間で手掛けた作品たちは、日本アカデミー賞をはじめとする数多の国内外映画賞で実に60以上もの受賞を果たし、名だたる俳優たちがいまもっとも出演を熱望する映画監督のひとりである白石和彌監督の最新作『ひとよ』が11月8日(金)より全国公開となる。
いまを強く生きる人間たちへの賛歌を圧倒的な熱量で描いてきた白石監督が「いつかは撮らねばならない」と感じていたテーマ【家族】へ初めて真正面から挑んだ本作は、2011年に劇作家・桑原裕子率いる劇団KAKUTAが初演した舞台「ひとよ」の映画化。15年前の事件によって家族の岐路に立たされた、ひとりの母親とその子どもたち三兄妹のその後を描く。
「家族の絆」の歓びと哀しみがこころを打つ、感涙ヒューマンドラマの大力作
これまでの白石監督は、犯罪者・警察・映画スタッフなど様々な立場にいる人間の関係を、“擬似家族”的に描いてきた。そして今回、初めて“血縁に縛られた家族関係”を描き、白石作品への新章へと突入している点が最大の特徴だ。
主演は、映画・ドラマと話題作品への出演が相次ぎ、全世代から支持される実力派俳優・佐藤健。さらには鈴木亮平、松岡茉優、音尾琢真、佐々木蔵之介、そして、田中裕子と、『ひとよ』の物語に魅了された各世代を代表する豪華名優陣が集結した。一夜にして激変する家族の運命を通し、尊くも時に残酷な“家族の絆”、そして、 言葉にできない“究極の愛”を観る者すべてに問いかける。
あまりに切ない“母なる事件”から15年。希望を夢見た母と子のゆく末は―――
15年前のある夜、「稲村タクシー」の営業所で両親の帰りを待っていた次男・雄二、長男・大樹、長女・園子の三兄妹の三兄妹に、帰宅した母・こはるは震える手を抑えながら「お母さん、さっき・・・お父さんを殺しました」と衝撃の言葉を口にする。執拗な暴力から子供たちを守るため、彼女は罪を背負うことを選んだのだ。こはるは「15年経ったら、必ず戻ってくるから」と三兄弟に言い残し、警察へ出頭。そのまま音信不通となった。
それから15年が経過。東京で暮らす雄二は、大衆雑誌の編集者として働くフリーライターになっていた。それは、少年時代に抱いていた「小説家になる」という夢には程遠い生活だった。一方、大樹は地元の電気店の娘と結婚して雇われ専務として働き、園子は地元のスナックで働いていた。そして「稲村タクシー」は親族が経営を引き継ぎ「稲丸タクシー」と会社名を変えて営業を続けている。母が姿を消して、今年で15年目。三兄妹は事件の傷が癒えないまま、それぞれの人生を歩んでいた。
ある夜、大樹と園子は営業所に不審な人影を発見する。山登りフル装備の白髪頭の中年らしき女性。それは、15年ぶりに見る母・こはるの姿だった。思いもよらない家族の再会。だが、過去の事件によって周囲から誹謗中傷を受け続けた三兄妹のこはるに対する想いは、それぞれだった。こはるの帰りを温かく迎える「稲丸タクシー」の人々。一方で、稲村家への嫌がらせが、再びエスカレートする。果たして母と三兄妹は、バラバラになった絆を取り戻せるのだろうか・・・・・・。
父親の暴力から三兄妹を守るため、罪を背負うことを決めた母親。そして、彼女の決断によって人生を狂わされてしまった稲村家・三兄妹の葛藤と戸惑いを、現在と過去とを交錯させながら物語は描かれてゆく。
戸惑う三兄妹の姿を圧倒的なリアリティで牽引する田中裕子
昨今、家族間による凄惨な事件が度々報じられることもあるからだろうか。正直に言うと、あらすじだけで身構えてしまったのだが、やはり冒頭から、稲村家に起こる顛末に胸を押しつぶされるような気持ちになった。罪を背負ってまで子供たちを守り、自由を与えたかった母。しかし、それと引き換えに三兄妹が背負うものはあまりにも大きく、残酷なものだった。作品全体を包むそのヒリヒリとした苦しみを、キャスト陣が見事に体現している。
物語は、三兄妹の中でも特に複雑な内面を抱えている次男・雄二を軸に物語が進む。自分の身に起こったことに俯瞰するような目線で向き合い、戻った母・こはるを受け入れられず、職業柄からか取材者として対峙するような態度を見せる。演じる佐藤健は、戸惑いや怒りを静かに、しかし豊かに表現し、新たな魅力を開花させている。家族をまとめきれない大樹を演じる鈴木亮平も、幼少期から吃音が原因で人とのコミュニケーションが苦手という”愛に怯える頼りない長男”を見事に表現。劇中、何度も口にする「母さんは母さんだから」という言葉や、離婚の危機に瀕する妻(MEGUMI)への態度など、奥に秘めた感情をうまく表現できない様子がたまらなくもどかしい。そして、事件によって美容師の夢を諦め、スナックで働きながら生計を立てる長女・園子は、母との再会を素直に喜び、受け入れる。バラバラになった家族を再び結び付けようとする妹を演じるのは松岡茉優。よく話す園子は松岡のパブリックイメージに通じるものがあるが、母の前で見せる、15年間の戸惑いや慕情をを孕ませた表情に心を掴まれる。
この三兄妹を圧倒的なリアリティで牽引するのは、何と言っても母・こはるを演じる田中裕子だ。
全編を通じて、事件後に三兄弟に起こった出来事に比べると、母のそれに関してはほとんど語られない。しかしながら、15年ぶりに帰宅したシーンで見せる佇まいで、全てを納得させてしまうような凄みには、ただただ驚かされた。ずっと変わらずに子供たちを思い続けた絶対的な愛と、罪を犯してでも守り抜きたかったものを、ようやく再び掴んだ安堵感が溢れ出す。その瞬間に、一緒に立ち会ったような感覚にさえ襲われるシーンだ。
とはいえ、母の帰宅後も当然ながら家族には大きなわだかまりが残る。前述の通り、三兄弟の受取り方は個々に異なり、事件の影響で送らざるを得なかった生活は、否が応でも続いていくのだ。それでもぶれることなく、母が母であり続ける様子と、戸惑う三兄妹の姿に「この家族は実在しているんじゃないか」と錯覚を起こしそうになった。家族というものは往々にして、ベクトルが合わず、一丸となることもなく、ただそこに“血縁”なるものが存在するために、がんじがらめになることがある。この稲村家のように、事件や罪を背負うことといった経験を介在させていたら尚更であろう。本作は、その息苦しさと家族独特の(良いとも悪いとも表現できない)居心地を手に取るように映し出し、まざまざとリアリティを突きつけてくる。
私が特に印象に残っているのは、こはるが子どもたちのために朝食を作るも、誰も食卓に集まらないシーンだ。そのテーブルに置かれる温かくつややかなおにぎりに、胸が詰まりそうになった。実はおにぎりは映画冒頭、事件の夜のシーンにも登場するが、違いは歴然。こはるが子供たちに与えたかったものが集約されているようだったからだ。しかし、肝心の彼らは現れない。取り返しのつかない罪を犯してまで得た、結局思うようにはならない現実だったのか―。力なく座るこはるの姿は、たまらなく切ない。
混沌とした状況に陥る稲村家に対し、タクシー会社の面々(音尾琢真、筒井真理子、浅利陽介、韓英恵)は、こはるを温かく受け入れ、三兄妹を絶妙な距離感で見守る。時に三兄妹よりも母・こはるを理解するその温かさは序盤から描かれている。家族ではないから見えること、わかることがあるということもさりげなく描かれ、見る者に救いを与える。
そして、稲村家の模様と並行して描かれる新人ドライバー・堂下(佐々木蔵之介)と、その息子をめぐる状況にも、一筋縄ではいかない家族の難しさ・温かさ・脆さが凝縮されている。この親子の話が、稲村家に思わぬ形で絡まってくる展開には、思わず唸らされた。
全編に渡って、役者陣の力はもちろん、【家族】に真正面から挑んだという白石監督の熱量は、途切れることはないことを証明した作品と言えるだろう。
ストーリー
どしゃぶりの雨降る夜に、タクシー会社を営む稲村家の母・こはる(田中裕子)は、愛した夫を殺めた。
それが、最愛の子どもたち三兄妹の幸せと信じて。そして、こはるは、15年後の再会を子どもたちに誓い、家を去った―
たった一晩で、その後の家族の運命をかえてしまった夜から、時は流れ、現在。次男・雄二(佐藤健)、長男・大樹(鈴木亮平)、長女・園子(松岡茉優)の三兄妹は、事件の日から抱えたこころの傷を隠したまま、大人になった。抗うことのできなかった別れ道から、時間が止まってしまった家族。そんな一家に、母・こはるは帰ってくる。15年前、母の切なる決断とのこされた子どもたち。皆が願った将来とはちがってしまった今、再会を果たした彼らがたどりつく先は―
作品タイトル:『ひとよ』
出演:佐藤健、鈴木亮平、松岡茉優、音尾琢真、筒井真理子、浅利陽介、韓英恵、MEGUMI、大悟(千鳥)、佐々木蔵之介・田中裕子
監督:白石和彌
脚本:髙橋泉
原作:桑原裕子「ひとよ」
企画・制作プロダクション:ROBOT
PG12
製作幹事・配給:日活
公式サイト:hitoyo-movie.jp
公式Twitter:hitoyomovie
公式Facebook:hitoyomovie
コピーライト:(C)2019「ひとよ」製作委員会
11月8日(金) 全国ロードショー
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