【レポート】映画『ゴヤの名画と優しい泥棒』国立西洋美術館の主任研究員が徹底解説!公開記念トークイベント開催

ロジャー・ミッシェル監督長編遺作で、名優ジム・ブロードベント×ヘレン・ミレン共演の映画『ゴヤの名画と優しい泥棒』(2月25日(金)全国公開)の先行試写会が1月30日(土)に開催され、上映後に国立西洋美術館で主任研究員を務める川瀬佑介氏、映画評論家・ライターの森直人氏によるトークイベントが行われた。

目次

『ゴヤの名画と優しい泥棒』公開記念トークイベント 概要

日程:2022年1月29日(土)
会場:スペース FS汐留
登壇:川瀬佑介氏(国立西洋美術館 主任研究員)、森直人氏(映画評論家・ライター)

本作は、ロンドン・ナショナル・ギャラリー史上唯一にして最大の事件、1961年に起きたフランシスコ・デ・ゴヤの肖像画<ウェリントン公爵>盗難事件の知られざる真相を描いた衝撃の実話。犯人は、60歳のタクシー運転手ケンプトン・バントン。TVに社会との繋がりを求めていた時代、孤独な高齢者のために盗んだ絵画の身代金で公共放送(BBC)の受信料を肩代わりしようと企てたのだ。

2020年に東京・大阪で開催され、世界初の大規模所蔵品展として話題を呼んだ<ロンドン・ナショナル・ギャラリー展>の監修を手掛けた川瀬氏は、独自の視点で本作を解説。まず、盗まれた肖像画について「ゴヤは、18世紀後半から19世紀初頭に活躍したスペインの宮廷画家。宮廷画家は王様のために絵を描き、一番大事になるのが肖像画。だから、ゴヤは肖像画家として大きな名声を得た。この絵をぱっと見ると、誰もイギリスを代表する偉大な軍人には思わないだろう。服装は軍服でも、それ以外は目が虚ろな普通のおじさんに見える。実際にこの映画の主人公のケンプトンは絵を前にして“大した絵ではない”と語っている。しかし、そこがとても現代的。当時の画家では描かないような絵だからこそ、ゴヤの肖像画家としての近代的な側面を表していて、彼の晩年の素晴らしい絵であることは間違いない」と説明。

また、この絵がゴヤの絵画の中でも珍しい作品だと指摘し、「油絵はキャンバスに描かれる布絵が一般的だが、<ウェリントン公爵>は板絵。布は振動を吸収してくれる。しかし、板絵だと乾燥してヒビが入ってしまったり、非常にデリケート。ゴヤの作品でも板絵は例外的。しかもただの板絵ではなく、高価なマホガニー材に描かれている。映画の中で肖像画の隠されている箪笥が動く度に壊れてしまわないか冷や冷やした」と苦笑いを浮かべた。

川瀬佑介氏

事件の現場となったナショナル・ギャラリーについては、「西洋美術を扱っている美術館の中でも、世界指折りの美術館」と断言。「例えば、ルーブル美術館は所蔵数が多いが、何でも揃っているわけではない。イギリス人が描いた絵はほとんどない。それまでの美術館は、歴代の王家によって集められた美術品が所蔵されていて、そのため王家の趣味が反映されてしまう。しかし、ナショナル・ギャラリーは違う。19世紀の始め、市民たちが作品を持ち寄ってできた美術館。美術館を大きくする際、ただ自分たちの好きなものを持ち寄るのではなく、西洋美術の素晴らしい成果を見せるため、欧州諸国の傑作たちを満遍なく、均等に集められている。当時その揃え方が、ナショナル・ギャラリーが初めてだった。だからすごい」と熱く語った。

話題は、本作にも登場する、007シリーズの記念すべき第1作目『007/ドクター・ノオ』(1962年)について。森氏は「『007/ドクター・ノオ』がイギリス本国で公開された当時、肖像画<ウェリントン公爵>がまだ行方知らずだった。ジョセフ・ワイズマン演じる悪役、ドクター・ノオの秘密基地にこの盗品絵画が飾ってあり、ショーン・コネリーが驚くシーンがある。これは、盗んだのはドクター・ノオだったという現実事件のパロディのような遊びが描かれている」と説明した。

惜しくも昨年9月に逝去したロジャー・ミッシェル監督の長編遺作となった本作。ミッシェル監督について森氏は、「『ノッティングヒルの恋人』で脚本を務めたリチャード・カーティスとともに、イギリスを代表する監督・脚本家コンビ。その後『ラブ・アクチュアリー』などヒット作を連発したカーティスより地味な存在として認識されているかもしれない。しかし、とても良質な映画を撮る監督で、この映画で再評価されてほしい」とコメント。「タイトルバックでは、60年代イギリスで大流行した分割画面が使用されている。当時、ポップでグラフィカルな画面構成が流行っていて、かなり意識されていると思う。この映画は、人情劇であり家族ドラマ、犯罪コメディ、そして法廷劇でもある。ちゃんと娯楽映画になっていて、ミッシェル監督らしい作品」と太鼓判を押した。

ケンプトン・バントンの主人公像についても言及。「ケン・ローチ映画の主人公に重なって見えた。『マイ・ネーム・イズ・ジョー』(1998年)や『わたしは、ダニエル・ブレイク』(2016年)のような反骨の庶民、すごく抑圧を感じながら生きている労働者階級の男性。だから、ケンプトン自身はウェリントン公爵を“普通選挙に反対した貴族”だと嫌っている。権力や体制を象徴する存在だからこそ反骨心をむき出しているという構図がある」と解説した。

森直人氏

さらに、ケンプトンが戯曲を書いていることについて「劇中では語られていないが、1950年代後半の<怒れる若者たち>と呼ばれたムーブメントが影響している。労働者階級の現実、階級や格差に不満を持った若者たちの文化的ムーブメントのきっかけとなったのが、演劇の戯曲。起点となったのがジョン・オズボーンの戯曲『怒りをこめて振り返れ』(1956年)。原題は“Look Back in Anger”で、オアシスの大ヒット曲“Don’t Look Back In Anger”でもじられている。それぐらいイギリスのカルチャー史において<怒れる若者たち>の影響力はすごく重要」と力説。

トーク終盤、「イギリスでは、人類の宝であるような芸術作品に対して、国外売りに出されるときに国からストップがかかる。同じ金額を提示する場合、イギリス人に優先権が与えられる法律がある。日本ではそういう法律はない。優れた芸術作品は皆で共有すべき、国の宝だという考え方は、芸術に携わる身としてすごく良いことだと思う。だからこそ、<ウェリントン公爵>のような優れた芸術作品を国がお金を出して買うことと、ケンプトンが訴えた公共料金の負担を減らすということは、両立していてほしい」と語る川瀬氏。最後に「自分のことだけではなく、社会や周りの人に情熱を向けているケンプトン・バントンの姿に胸を打たれた。でも、やっぱり盗みは真似しないでください」と述べると会場は笑いに包まれ、イベントは大盛況のうち幕を閉じた。

ストーリー
世界中から年間600万人以上が来訪・2300点以上の貴重なコレクションを揃えるロンドン・ナショナル・ギャラリー。1961年、“世界屈指の美の殿堂”から、ゴヤの名画「ウェリントン公爵」が盗まれた。この前代未聞の大事件の犯人は、60歳のタクシー運転手ケンプトン・バントン。孤独な高齢者が、TVに社会との繋がりを求めていた時代。彼らの生活を少しでも楽にしようと、盗んだ絵画の身代金で公共放送(BBC)の受信料を肩代わりしようと企てたのだ。しかし、事件にはもう一つの隠された真相が…。当時、イギリス中の人々を感動の渦に巻き込んだケンプトン・バントンの“優しい嘘”とは―!?

作品タイトル:『ゴヤの名画と優しい泥棒』
出演:ジム・ブロードベント、ヘレン・ミレン、フィオン・ホワイトヘッド、アンナ・マックスウェル・マーティン、マシュー・グード
監督:ロジャー・ミッシェル『ノッティングヒルの恋人』『ウィークエンドはパリで』
後援:ブリティシュ・カウンシル
2020年/イギリス/英語/95分/シネマスコープ/5.1ch/原題:THE DUKE/日本語字幕:松浦美奈
配給:ハピネットファントム・スタジオ

公式サイト:happinet-phantom.com/goya-movie/
公式Twitter:@goya_movie
コピーライト:(c)PATHE PRODUCTIONS LIMITED 2020

2022年2月25日(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国公開!

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