『奇跡の海』、『ダンサー・イン・ザ・ダーク』、『アンチクライスト』、『ニンフォマニアック Vol.1/Vol.2』といった話題作を世に送り出し、輝かしい受賞歴を誇る一方、あらゆるタブーに切り込みセンセーショナルな反響を巻き起こしてきた鬼才ラース・フォン・トリアー。問題発言によるカンヌ国際映画祭追放処分を受けてから7年。昨年開催された第71回カンヌ国際映画祭アウト・オブ・コンペティション部門で、待望の完全復活を果たした最新作『ハウス・ジャック・ビルト』が6月14日(金)より絶賛公開中だ。そして先日、本作の公開を記念して、滝本誠×高橋ヨシキ×柳下毅一郎のネタバレ歓迎トークイベントが開催された。
映画におけるプロフェッショナルの滝本誠さん(美術・映画・ミステリ評論家)、高橋ヨシキさん(デザイナー・映画ライター)、柳下毅一郎さん(映画評論家・特殊翻訳家)を豪華ゲストとしてお迎えし、ネタバレ大歓迎というフリーダムな環境のなかで開催された。ジャックのサイコパス加減や、それぞれのお気に入りのシーン、さらには突っ込まずにはいられなかったエピソードなど、映画鑑賞後だからこそ共有できるディープなトークが大炸裂し、本作で最後のイベントを飾るに相応しい大盛り上がりのトークショーとなった。
さらにイベント終盤に行われたQ&Aで、“アメリカではどのシーンがカットになってしまったのか?”という質問も飛びだした。本レポートでは、アメリカ上映時にカットされたシーンの詳細についても補完していきたい。
『ハウス・ジャック・ビルト』滝本誠×高橋ヨシキ×柳下毅一郎 完全解説イベント 概要
◆日程:6月24日(月)
◆場所:TOT STUDIO THINK OF THINGS 2F
◆ゲスト:滝本誠(美術・映画・ミステリ評論家)、高橋ヨシキ(デザイナー・映画ライター)、柳下毅一郎(映画評論家・特殊翻訳家)、MC 奥浜レイラ ※敬称略
(※以下、イベントレポートは劇中のネタバレ要素を含む)
日本の映画評論界を代表する錚々たるメンバーのトークが聞ける貴重な機会ということで、つめかけた映画ファンたちによってイベントチケットは早々に完売。公開前、公開後と計4回行われた本作のイベントは、トリアー監督の映画を観続けてきた映画ファンが集った熱気に満ちた「ラース・フォン・トリアー エアファンミーティング」から幕を開けた。その後、回を重ねるごとにトリアー監督作品を映画館で初めて観た若者や、普段は血が出る映画は怖くて見られないが、この作品はどうしても気になってしまったという方々を巻き込み、トークイベント当日は老若男女問わず大勢の観客が会場に集結。最後に相応しいイベントとなった。満員御礼で熱気が高まる中、滝本誠さん、高橋ヨシキさん、柳下毅一郎さんの3名が登場し、いよいよイベントがスタートした。
まず今回でイベント登壇が3度目となる滝本さんが「先週15日に彫刻家の小谷元彦さんとアート目線で語るトークショーを行った。今回はネタバレありのトークを楽しみたいと思います。」と挨拶。続けて高橋さんが「本作は、しっかりとした地獄映画ということで良かったです。ドラクロワの活人画がポスタービジュアルで出たときに、“こんなビジュアル出しながら劇中では地獄に行かないんだろ”と思っていたらちゃんと行ったので、もうニコニコですよね。良かったです(笑)」と、“地獄映画”としての一面もある本作を称賛。
柳下さんは「今回は“殺人鬼のプロ”という立ち位置で呼ばれてきました(笑) 」と挨拶し、「監督は殺人についてしっかり調べて作っているなと本作を観て感じましたね。もちろん、こんな殺人鬼は現実にはいないんですよ。その中でも、丁度いい具合に存在しない人を作り上げたというのが面白かったです。『羊たちの沈黙』(90)のハンニバル・レクター博士以降、美的なセンスに優れているような映画的なサイコパスっているじゃないですか。でも実際はサイコパスってそんなに荘厳なものではなくて、単に人間の感情が分からないだけなんです。そういう意味だと、この映画のジャックも映画的なサイコパスだなと思いました。」と主人公ジャックのサイコパスについて言及。
すると、高橋さんが「ジャックは明らかにバカだし、学もないし、雑だし、薄々自分が足りないことが分かっているのが新しくて面白かったですね。人を見下さずにいられないというところがわかりやすく出ていて。さらには会話というものもよく分かっていない。でも相手に自分の言葉が通じていない事だけは敏感に察知するんですよね。割とファーストコンタクトモノ的なところがあると思います(笑)」とサイコパスながらもちょっぴり残念な部分も持ち合わせたジャックの魅力についてコメント。その話を聞いた滝本さんが「才能がないのは苦しいですよね…(笑)」とジャックに同情すると、観客からも納得の声があがり、イベント開始早々会場は和やかな雰囲気に。
トリアー監督に造詣が深い3名だが、監督の魅力について話題が飛ぶと、監督本人とも親交のある柳下さんは「ダメな子ほどかわいい、みたいなところですかね(笑)。昔から問題を起こして怒られてばかりいますから。トリアーの人生の目標は、カンヌでグランプリを獲ることで、彼はそのために映画を作っているんですよね。大傑作を作りたい人なんですよ。この映画でいうと、大きな家を建てたいと思って設計図は作るけど基礎を作っていないような人(笑)。このご時勢にそんな大きな野望を持っているところが好きですね」。
高橋さんは「『ヨーロッパ』(91)を見たときは、すごいかましてくるなと思いました(笑)。最近は“かまし”と“鬱”と“落語”みたいなオチが必ずあって、終わりがいいんですよね。途中、見ていて嫌になるのに、最後は上手いように落ちるから、なんとなく良い映画見たぞという気持ちになる。家帰って思い出したら、そうでもなかったかもと思ったりして(笑)ここ数作品、作風が変わってきていますが、本作もいらない図解をバシバシいれてくる。それに合わせて言い訳がぐいぐい来るので、ニコニコしながら見ちゃいました(笑)」。
滝本さんは「冒頭で一種の自己対話という形で、ヴァージが出てきますが、懺悔すればOKなんだ!と感じました。殺人を犯しても、ある種の懺悔形態じゃないけど、最後地獄に堕ちればそれでいいんだな(笑)と。あと、殺人を犯したい欲求を図で示した場面の影の理論は、あれは鬱じゃないと思いつかないと思いました」と、それぞれが独特の見解を述べた。
また、ジャックが本作で語る5つのエピソードについて問われると、柳下さんは「第1のエピソードでユマ・サーマンが演じる女性が出てきますが、嫌味な女すぎて彼女が殺されるところは拍手が起きてもいいですよね(笑)」とコメント。すると共感したように大きく相槌を打つ来場者が多数を占めた。高橋さんは、第2のエピソードで潔癖症のジャックが何度も殺人現場の部屋を掃除しに戻るシーンを挙げ、「僕もタバコを吸っているので、家が火事になるんじゃないかと思って何度も戻ってしまうことがあるので気持ちが分かります。ジャックの場合、絵画の裏とか、椅子の脚の下に血が飛ぶはずがないだろって思うんですけど、あり得ないけど気になって見たくなる衝動という点では共感してしまいますね。その場面では死体を車で引きずって帰るんですが、あれはキム・ギドク監督の『嘆きのピエタ』(13)方式ですよね。あの映画では見れなかった引きずられた(身体の)断面が、本作ではしっかり見える!」とコメント。
すると、滝本さんが「見事なアンサーでしたね(笑)あれはなかなか良かった!」と同調すると、会場から笑いが巻き起こった。続いて、思わず目を背けた人も多いであろう母親と子供が殺される第3のエピソードに移ると、高橋さんは「ジャックって女子供しか殺せないですよね。カンヌではこのシーンでみんな帰っちゃったんでしょう?そうやって絶対誰かがすごく怒ることをやりたがるんですよ」。柳下さん「まぁ、連続殺人鬼の映画を作るなら当然女子供は殺すよね、みたいな感覚だと思います。僕はこのエピソードが一番面白いと思いました。本当に酷くて、すっきりする(笑)」と、さすがの感想を明かし、会場をざわつかせた。
第4のエピソードでライリー・キーオ演じるジャクリーンが乳房を切られながら殺されてしまうシーンについては、滝本さんが「この場面では、あえてジャックの性的な欲求を表現しないことで、ジャックを繊細で美しく見せているよね。あと、家の中での赤い電話のやりとりが俺はグッときましたね。あのシーンはどちらかというと、ジャックがガンガン扉を叩いてジャクリーンの代わりに“助けて!”と叫び、何が起ろうが他人は無関心であるということを伝えてくるところが強烈に記憶に残りますが、あの赤い電話での会話はジャックが漏らした唯一の真実の言葉なんですよね。」とお気に入りのパートを紹介。すると、柳下さんが「そういえば、性的な連続殺人鬼って、性的な衝動をセックスの変わりに殺人に向けるんですよ。殺すだけで性欲が満足する人が多いんです」と殺人のプロ目線の分析も行った。
さらに、本作で一番の見どころ“●●で作られた家”の完成が描かれる、第5のエピソードについて、高橋さんは「冷凍倉庫の鉄のドアが立派なところや、針金で死体を無理やり笑わせるところなど『悪魔のいけにえ』(75)を思い出しますね。最後にできあがった“●●の家”は、僕はいまいちだったんですよねぇ(笑)なんか急いで作ったような感じがして。作りが雑なので、本人の限界ですかね(笑)」というと、滝本さんが「才能がないからね(笑)」とぽつり。さらに高橋さんは「美的でもなくてコンセプトとしての家が出来ちゃったかなぁ。●●を凍らせているから融通が利かないんですよね。でも、あそこから地獄に一直線というのは面白いですよね。穴あるじゃん!!!って(笑)」と率直な意見を述べ、会場が笑いに包まれた。
最後に、一般の方が質問を出来るQ&Aタイムがスタート。
Q.ジャックのモデルになった殺人鬼や作品、小説、映画などがあれば教えてください。
A.柳下さん「テッド・バンディというシリアル・キラーのギブス作戦は有名ですよね。健康なのに、手にギブスをして女の子を欺いて、2人きりになったとたんに殴りかかったりする。」
Q.日本で無修正完全ノーカット版での上映というのは非常に珍しいと思うのですが、他の国で編集やカットされた部分について教えて下さい。
A.配給会社スタッフ「第3のエピソードでは、ジャックが撃った銃弾が子供たちに命中するカット、子供の死体と一緒にピクニックをしているシーンの一部、冷凍庫の中でジャックが子供の死体をいじっているカットなど、全5箇所がアメリカではカットされ、上映されました。」
※その他、当日言及されなかったアメリカ版カットシーンは以下の通り
・第4のエピソードで、ジャックがジャクリーンの乳房を切るシーン
・赤いマントを着たトレイラーハウスに住む男性S.P.の下顎を刺した際、口の中にナイフが貫通していることがわかるカット
※映画の終盤にカットインする全エピソードのモンタージュでは、先述の箇所とジャクリーンのエピソードすべてが削除。
最後に、滝本さん「こういう映画が当たっていかないと面白みがないのでね。こういうスタイルの映画がヒットしていくのが嬉しいなと思います」。柳下さん「僕にとっては本当に楽しい映画でした。監督も元気になってよかったですよね。やっぱり、こういう映画がヒットしてほしいなと思いました」。高橋さん「今、表現を目の敵にする層というのが一定数いて、そういう人たちの物言いがまかり通る世の中で、こういう映画がヒットして若い人が興味を持つという事がとても意味のあることだと思う。これは楽しむ映画だと思うので、若い人たちが触れて広がっていって欲しいなと思います。こういう映画を支えていかないとね」と締めくくり、今の映画界に一石を投じるような皮肉とユーモアたっぷりな本作の魅力を語り尽くし、イベントは幕を閉じた。
ストーリー
1970年代の米ワシントン州。建築家になる夢を持つハンサムな独身の技師ジャックはあるきっかけからアートを創作するかのように殺人に没頭する・・・。彼の5つのエピソードを通じて明かされる、“ジャックの家”を建てるまでのシリアルキラー12年間の軌跡。
第71回カンヌ国際映画祭
アウト・オブ・コンペティション部門正式出品
作品タイトル:『ハウス・ジャック・ビルト』
出演:マット・ディロン、ブルーノ・ガンツ、ユマ・サーマン、シオバン・ファロン、ソフィー・グローベール、ライリー・キーオ、ジェレミー・デイビス
監督/脚本:ラース・フォン・トリアー『ダンサー・イン・ザ・ダーク』、『ニンフォマニアック』ほか
全米公開:11月28日
原題:The House That Jack Built
R18+
配給:クロックワークス、アルバトロス・フィルム
公式サイト:HouseJackBuilt.jp
公式Twitter&Facebook:@HJB2019
コピーライト:(C)2018 ZENTROPA ENTERTAINMENTS31,ZENTROPA SWEDEN,SLOT MACHINE,ZENTROPA FRANCE,ZENTROPA KOLN
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