映画『市子』(12月8日(金)公開)のトークイベントが実施され、映画評論家の森直人と、映画・音楽パーソナリティの奥浜レイラが登壇した。
映画『市子』Filmarks試写会 上映後トークイベント
◆日時:11月27日(月) 20:40~21:10
◆場所:ユーロライブ
◆登壇者:森直人、奥浜レイラ ※敬称略
すでに本作を鑑賞済みである2人。森は改めて「びっくりしました」と鑑賞後に抱いた気持ちを振り返り「戸田監督の映画はこれまで何本か観ていて『名前』(2018)という作品が面白かったので、そこから監督のお名前を意識するようになったんです。いつもお芝居のアンサンブルがすごく綺麗で、作品ごとにどんどんその語りも滑らかに安定してきている印象もあって、本当に良い監督さんだなぐらいの認識だった。でも、『市子』は本当にもうレベルが違った!」と力強く大絶賛。
奥浜は、「市子が誰であるかというのは本作の中では、ある程度のところでなんとなくわかってくるんです。ミステリー的な構成にはなるのでそこまでも大事でしたが、もっとその先がある作品なんだというところに、その時点で気づいて大変楽しめましたし、本当に市子のことが頭から離れなくなってしまうんですよね」と振り返った。
また、本作は戸田監督自身が作り上げた舞台「川辺市子のために」が原作だが、森は鑑賞後にその事実を知ったようで、「資料を読んで知って、ええ!って思った。社会派サスペンスみたいな感じだと思ったから、むしろ演劇的な抽象性っていうものが、ほぼどこにも見当たらなくて。でも、ロケーションとかめちゃくちゃいいじゃないですか。語り口、内容も含めて日本映画の王道だなと思いました」と舞台原作であることに驚愕した様子だった。
続いて2人は、戸田監督が描き上げた物語構成の巧妙さを分析。本作は複数の登場人物の証言から“市子像”を多面的に捉えるという形式になっており、戸田監督は『羅生門』(1950/黒澤明監督)を参考にしたと話している。これに対して森は「複数の登場人物から、多面的に照射する形式、確かにその応用系・派生系と言えると思うんですけど、露骨に参照しているわけではないのが本当に良い。その先がめちゃくちゃあるんですよね」と語りつつ、他作品への親和性も感じたと言う。「市子はむしろ松本清張さん原作の『砂の器』(1974/野村芳太郎)に近いなと。はっと思ったのは、『羅生門』も『砂の器』も橋本忍さんが脚本に携わっているんですよ。だから、そもそも『砂の器』っていうのは、『羅生門』をある種アップデートしたものなんでしょうね。追っている人物は誰だとかいうことじゃなくて、その人の知られざる過去とか、悲惨な生い立ちとか、個の歪みみたいなもの、日本社会の闇や、あるいは差別構造みたいなところに紐づいている、多層的・立体的に見えてくる構造。時代時代で書かれる主題とか、生い立ちなどの背景は変わってくると思うのですが、(市子は)そこに現代的な視点が肉付けされているのをすごく感じるんです」と語った。奥浜も、「市子の目に映っているものではなく、まずあなたの目には何が映ってましたか?市子はどう映っていましたか?という語り部が変わっていくその構成が素晴らしい」と共感を示した。
さらに奥浜が、「自分の人生を生きられなかった女性たちにも目が向いているというのは、この作品ですごく感じたところです」と市子という一人の女性の描かれ方について触れると、森は「脚本に上村奈帆さんが参加しているのも大きいかもしれないですね」と賛同し、「逆に男はろくでもないという映画だったな」と振り返りつつ、「だからこそ長谷川(若葉竜也)や刑事っていうのは、狂言回しのポジションということもあって、その男性像からはやや例外的な存在として描かれていると思いました。ここはテクニック的なところもあるかと思うのですが…。ただ他に出てくる男たちが全員結局ろくでもないっていう結論に達するように描かれているのかも」と性別や置かれた役割からも物語構成を分析していた。
トークが盛り上がりを見せたのは、印象に残ったシーンについて。奥浜は、「北くんのシーン、好きなんですよね」と森永悠希演じる市子の高校時代の同級生・北秀和が市子に固執し、物語に絡んでいくシーンを挙げた。これに対して森も、「一緒です!」と笑ってみせた。森は続けて、「(市子への)所有欲みたいな、ヒーロー願望が立ち上がっていて。あれは逆に言うと、その男性の弱さとか薄汚さとか…。男性作家だからか、よく描けているなという風に思いました」と語った。
さらに森はもう1つ好きなシーンがあるようで、「お母さんのシーンがめちゃくちゃよかった」と振り返る。中村ゆり演じる市子の母・なつみを長谷川が訪ねるという徳島での一幕だ。理由としては、「集落や団地などの匿名性を持った景色、経済的な階層や主人公たちが置かれているその場所を、立体的にリアルに見せるためにすごく丁寧に選ばれていて。だからなつみと長谷川くんが対峙するあの海辺の風景っていうのはすごく良かった。もう風景があそこを漂ってるわけですよ」と、風景の選び方の秀逸さを絶賛していた。
最後に、森は本作についてあらためて、「リピーターがめちゃくちゃ出る作品だと思う」とコメント。「1回目の衝撃から、2回目はその映画の構造が分かった上でもっと役者さんの演技とか細部に目がいくんですよね。ラストも、それぞれ違う思いを持つと思いますし、どう彼女の気持ちを私たちは受け取るのか?力強く生きているように見えるのか、それとも何か別のものを背負って生きているのか」など作品の持つメッセージ性にも触れた。
年末に向けて多くの作品が公開されるが、映画『市子』について、「すごい大きいのが飛び込んできたなという印象なんです。皆さんの感想をお聞きしたいですし、いろんなお話ができる作品じゃないかなと思います。それぞれの価値観みたいなものがあぶり出される作品なので、大ヒットしてほしいなと思っております」と語り、イベントを締めくくった。
ストーリー
川辺市子(杉咲花)は、3年間一緒に暮らしてきた恋人の長谷川義則(若葉竜也)からプロポーズを受けた翌日に、忽然と姿を消す。途方に暮れる長谷川の元に訪れたのは、市子を探しているという刑事・後藤(宇野祥平)。後藤は、長谷川の目の前に市子の写真を差し出し「この女性は誰なのでしょうか。」と尋ねる。市子の行方を追って、昔の友人や幼馴染、高校時代の同級生…と、これまで彼女と関わりがあった人々から証言を得ていく長谷川は、かつての市子が違う名前を名乗っていたことを知る。そんな中、長谷川は市子が置いていったカバンの底から一枚の写真を発見し、その裏に書かれた住所を訪ねることに。捜索を続けるうちに長谷川は、彼女が生きてきた壮絶な過去と真実を知ることになる。
作品タイトル:『市子』
出演:杉咲 花 若葉竜也 森永悠希 倉 悠貴 中田青渚 石川瑠華 大浦千佳 渡辺大知 宇野祥平 中村ゆり
監督:戸田彬弘
原作:戯曲「川辺市子のために」(戸田彬弘)
脚本:上村奈帆 戸田彬弘
音楽:茂野雅道
製作幹事・配給:ハピネットファントム・スタジオ
公式サイト:https://happinet-phantom.com/ichiko-movie/
公式X:@movie_ichiko
コピーライト:(C)2023 映画「市子」製作委員会
12月8日(金)テアトル新宿、TOHOシネマズ シャンテほか全国公開
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